「向井康二」という救い~猿出の新規~

ここに書く以外にこの感情を落ち着かせる手立てが思いつかず、数年ぶりにこのはてなブログにログインしてみたのだけれど、自分でもまだ何を書きたいのか、何を書くのが良いのかわからない。



突然だけれど、
Snow Man向井康二さんを好きになった。



コロナ禍で生活が目まぐるしく変わるこの春に
向井さんを好きになった。



嘘みたいなきっかけで、好きになった。



彼のことは昔から知っていた。詳しくはなかったけれど、関西にいたこと、Kin Kanだったこと、途中からSnow Manに加入したこと、その後デビューが決まったことも知っていた。
YouTubeも少クラもそれなりに見ていたから、彼の姿は幾度となくこの目に映していたのだけれど、特別に気に留めることはなかった。向井さんに限ったことではなく、Snow Manの個別のメンバーに対して特別の熱はなかったのだ。
それでも、Snow Manというグループに好感はあった。だからきっとそのまま、グループごと、ふんわり応援していくのだと思っていた。


そんな私がなぜ、向井さんを好きになったのか。
いくつか段階を踏んだので、一つずつ書いていく。
嘘みたいな本当の話。


1.心あたたまる出会い


初めて向井さんを意識したのは2020年1月下旬頃のことだ。Twitterに、YouTubeの9時間生配信の一部が流れてきた。向井さんが渡辺さんのシートベルトの締め忘れに気がついて、渡辺さんの後ろから手を回して、こっそり教えていたシーンだ。それを目にして、「あぁ、こんな自然でさりげない優しさを持った人なんだ」と、心惹かれた。その後、何事もなかったかのように会話に戻っていくところまで含めて、彼に好感をもった。

このとき私は流れてきたツイートに【いいね】を押し、単純に「優しい人がいるもんだな」と、ただそう思った。


2.衝撃のときめき


次に向井さんを意識したのは2020年6月21日のJohnny's WHL with YOUのDay6。

先のシートベルトの件で向井さんに好感をもったとはいえ、それはその時の話。その後の彼に注目するでもなかったし、いいねしたツイートを見返すこともしなかった。たぶん、KinKiさんと同日じゃなかったらHappy LIVEだって観なかったけれど、何気なく観ていたそのSnow Manのパフォーマンスで、急にSixTONESとの戦隊ものみたいな曲(Fire Stormのこと)が始まった。
 


友人に少年たちの曲だと教えてもらい「ふ~ん」と何気なく見ていたそのとき。向井さんのバクステからセンステまでのソロカットが、他を寄せ付けないかっこよさでちょっと放心した。
 
 ちょっと待って、
 いつもの向井さんどこいったの?
 Snow Manのお笑い担当じゃないの?

このあたりからもう結構彼に心惹かれてたとは思うけれど、それでもやっぱり「自担」とか「推し」に対して持つ感情はまだ生まれていなかった。ギャップすごい、かっこいい、割と好きかも、なんて思っただけだった。



突然話が変わるようだけれど、この春からの私の生活は多忙を極めていた。新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けていたからだ。


社会人になって初めて経験する忙しさで、平日の睡眠時間は2~3時間。仕事が終わり、日を跨いで帰宅、午前3時前くらいに寝て、朝5時に起きる。
休日があれば、死んだように眠った。午前10時頃までしっかり7時間睡眠をとってから起きて、朝だか昼だかわからないご飯を食べたら正午までにはまた眠ってしまい、起きたら大体夜7時。お風呂にだけ入って、またすぐに寝てしまい(ずっと寝てたのに、また朝まで寝られてしまうのも怖かった)、朝がきて、また仕事。


家族からの連絡に返信する余裕もなく、連絡がきているだけでもプレッシャーだった。「忙しいから、連絡は必要最低限にしてほしい」「返信がなくても心配しないでほしい」とわざわざ断りを入れたほどだった。

 
ただ、どんなに忙しくても、別に仕事に行きたくないわけではなかった。そういう仕事だと分かっていて選んだのだし、幸い人間関係にも恵まれていた。


それでも、
投げかけれられる心無い言葉に
心が傷つかなかったわけじゃない。
報われないと思ったことも沢山あった。
体が先か心が先か、疲れはどんどん押し寄せた。


その頃は通勤の途中に突然涙がでてきたり、親友からの「お疲れ」のLINEで号泣したりした。テレビ番組はあまり見ないようにしていた。言いたい放題のコメンテーターの発言を聞いて、勝手に傷ついて涙が出たり、コロナに関係がなくても、悲しいニュースを見聞きすると嗚咽が止まらなくなったりしたからだ。


今思うと、そんなにタフじゃない私は、結構限界が近かったのだと思う。精神的にはかなり不安定だった。


3. 救い


2020年6月27日、何気なくテレビをつけた。たまたま放送されていたのはフジテレビの「ドッキリGP」で、テレビ番組をゆっくりと観るのは久々だったと思う。

その日の放送の中で、様々な芸能人に猿を使ってドッキリを仕掛ける企画があった。もちろん動物の安全には配慮しているのだろうけれど、疲れきってイライラしていた私は「驚いた人間に巻き込まれて、猿が怪我をしたらどうするんだろう」としか考えられず、笑う余裕がなかった。驚いた人間の動きにびっくりする猿が可哀そうで悲しくて、また苛立ちが募った。
 
そんな中、ターゲットの一人になったのが向井さんだった。

向井さんのマッサージをしていたメイクさんが、途中から猿に替わるという企画だった。猿にマッサージされ始めても中々気が付かなかった向井さんだったが、やっと事態に気が付いたと思ったら、カレは驚きのあまり飛び上がり、座っていた椅子も跳ね上がった。

そして彼は「うわぁ、何!?なにしてんのもう、ほんと!」「えっ?」「モンキー?」と戸惑いながらも、こう続けた。

 君だれ?
 ごめん、ケガない?

 
嘘みたいに優しい言い方で。


動揺しているはずなのに。
状況もつかめていないはずなのに。

真っ先に猿を心配した彼の言葉が嬉しくて、涙がでた。きっと笑うところだったんだって分かっているけれど、心無い言葉を沢山聞いて心が荒み、体も疲れきっていた私には、彼の優しさがたまらなく救いだった。 

スタッフに「この猿なに?」って聞くんじゃなくて、猿に直接「君だれ?」って話しかけて、怪我がないか心配して。

かっこいいとか、かわいいとかではなかった。「彼のように優しい人がこの世の中に存在している」という事実に、ただただ心が救われた。
 
本当に文字通り、この社会で生き抜くための「救い」になった。



これまでに私を救ってくれたのは、KinKi Kidsだけだった。あのふたりだけだった。小学校1年生の時に好きになってから約23年間、KinKiさん以外に「救われた」なんて感じたことはなかった。他のどのアイドルに魅せられても、好きになっても、コンサートに足を運んでも、"心を救ってくれた"のはKinKi Kidsだけだった。


だけどそこに突如現れたアイドル、
Snow Man向井康二


ここからは早かった。本当に一瞬だった。深澤担の友人からプレゼンを受けたのがトドメだった(その道の人のプレゼンは本当に気を付けた方がいい)。素顔4をスノ盤も関西盤も観て、解説も加えてもらったら、もうあっさりハマってしまった。いやあんな切なそうに歌えるなんて聞いてないよ?え、スタイルよくない?指きれいすぎない?なんで踊るとき突然かっこ良さだしてくるの?もうずっと笑ってて?一生幸せでいて?


その後の心の葛藤もむなしく、割とあっさりと写真を買い、全然使い道の分からないアクスタも買い、雑誌も買った。アサヒカメラの4月号は手に入らなかったけれど、5月号は紙媒体で、6月号は電子媒体で買うことが出来たし、最終号の7月号は紙でも電子でも手に入った。アサヒカメラから引き継いで今月から始まった連載を目的に、AERAは紙で2部、電子で1部の計3部買った(なぜ)。

道の駅で偶然見つけた、オレンジ色のストラップがついた"アマビエのジッパータグ"も買った(もっとなぜ)。


でもまさか、ドッキリGPでハマるなんて思わないでしょ。いけにえ村の回でもなく、まさかの猿ドッキリの回で。これ、何出の新規?猿出?猿出の新規でいいの?響きダサくない?


KinKi Kidsの沼から抜け出せず(抜け出す気もない)23年が経っていることを考えると、こういう存在が増えることへの怖さはある。お金にも時間にも限りがあるから。でも「救い」である存在にそう簡単に出会えないこともよく理解しているから、出会えたことに感謝して、これからSnow Man向井康二さんを応援していくことにした。
というか、応援するほかに選択肢がない、抗えない。


何から始めたらいいのかわからずにいるけれど、(特にTwitterでお世話になっている皆様は)温かく見守ってください。


以上、心を救ってくれるアイドルに出会えた報告でした。
(なお、KinKi Kidsを降りることはありませんので、最後に申し添えておきます…)